改正の概要と背景
2025年4月1日、軽貨物運送業界に大きな変革が訪れました。
この日から施行された貨物軽自動車運送事業法の改正は、安全性向上と業務効率化を主な目的とした包括的な改革となります。
近年のEC市場の急成長に伴い、宅配便の取扱個数は増加の一途をたどっています。
この需要の高まりを受け、軽自動車を活用した運送サービスも急速に拡大。一般貨物自動車運送事業が許可制であるのに対し、貨物軽自動車運送事業は届出のみで比較的容易に参入できることから、多くの事業者が市場に参入しています。
しかし、この急速な成長には影の部分もあります。
軽貨物自動車の事故件数は増加傾向にあり、特に死亡・重傷事故の増加が喫緊の課題となっています。
今回の法改正は、こうした課題に正面から向き合い、業界全体の安全性と持続可能性を高めるための重要なステップなのです。
法改正の5つの柱
1. 運転日報の作成義務化
2025年4月から、すべての軽貨物運送事業者は運転日報の作成と保存が義務付けられます。これは業務の透明性を高め、ドライバーの労働時間管理を適正化することで、疲労による事故防止を目指すものです。
運転日報への記録必須項目
- 運転者の氏名
- 使用した車両番号
- 業務の開始・終了地点及び日時
- 走行距離
- 主な経過地点(集荷場所・納品場所など)
- 休憩・睡眠の場所及び時間
- 荷主の都合による30分以上の待機時間とその場所
- 荷役作業・附帯業務の内容及び時間
- 事故、遅延、その他異常な状況が発生した場合の概要と原因
ポイント
- 電子データでの記録も可能:手書きの手間を省き、管理を効率化 ←オススメ!
- 保存期間は1年間:データ管理の仕組み構築が必要
- 業務透明性の向上:適切な休息確保や運賃交渉の根拠データに
2. 安全管理者の選任義務
貨物軽自動車運送事業者(バイク便事業者を除く)は、事業所ごとに安全管理者を選任し届け出ることが義務付けられます。
選任要件と業務内容
- 「貨物軽自動車安全管理者講習」修了:選任日前2年以内に受講
- 2年ごとの定期講習:最新の安全知識を維持
- 主な業務:ドライバーへの安全教育・指導、点検確認、事故対応、過労防止チェック、健康管理など
選任期限(猶予期間)
- 既存事業者(2025年3月末までに届出済):2027年3月まで
- 新規事業者(2025年4月以降に届出):速やかに
特記事項
- 個人事業主の場合:原則として自身を選任(配偶者や家族従業員も可)
- 一般貨物自動車運送事業の運行管理者:すでに選任されている場合は講習免除
軽貨物安全運転管理者講習については、こちら↓に詳しくまとめてありますので興味がありましたらご覧ください。
3. 事故報告の義務化
一定規模以上の事故が発生した場合、事故発生から30日以内に国土交通大臣への報告が義務付けられます。
報告対象となる事故
- 死亡者または負傷者が発生した事故
- 車両の転覆・転落・火災
- 鉄道車両との衝突
- 10台以上の自動車が関係する事故
- 積載物の飛散・漏洩など
重大事故の場合
- 24時間以内の速報が必須:2人以上の死亡者、5人以上の重傷者、10人以上の負傷者が生じた場合など
報告内容
- 使用者名、事故発生日時・場所、状況、応急処置、原因、再発防止策など
4. 内部チェック体制の整備
事業者は定期的な内部監査を実施し、不備の早期発見と改善を行うことが求められます。
監査対象項目
- 事業計画の遵守状況
- 運賃・料金の収受状況
- 損害賠償責任保険の加入状況
- 車両管理の状況
- 運行管理の実施状況
- 労働時間管理の状況
この体制整備により、法令遵守の徹底や安全管理体制の強化を図り、事故やトラブルの未然防止に繋げることが期待されます。
5. 多重下請構造の是正
元請け業者と下請け業者との取引適正化も今回の法改正の重要な目的です。
主な施策
- 元請け事業者の努力義務:下請け業者への発注を適正化
- 実運送体制管理簿の作成義務:下請構造の透明化
- 管理規定の作成と管理者選任:一定規模以上の事業者に義務付け
これにより、中間マージンの発生を抑制し、末端の実運送事業者が適正な運賃を受け取れる環境を整えることが期待されています。
法改正が生まれた理由
この法改正の背景には、事故件数の増加と高齢者・初任運転者への指導不足という二つの主要な課題があります。
深刻な事故統計
以下の表が示すように、軽貨物車両の死亡・重傷事故件数は顕著に増加しています。
年 | 軽貨物 死亡・重傷事故件数 (保有台数1万台あたり) | 軽貨物以外 死亡・重傷事故件数 (保有台数1万台あたり) |
H28年 | 9.1 | 13.9 |
R3年 | 12.7 | 10.6 |
増加率 | 39.6%増 | 23.9%減 |
特に注目すべきは、他の事業用貨物自動車の事故件数が減少傾向にある中、軽貨物車両だけが増加しているという事実です。この逆行する傾向が、今回の法改正を後押しした大きな要因となっています。
また、EC市場の急速な拡大に伴う宅配需要の増加も、現場のドライバーに過重な負担を与え、安全意識の低下や疲労蓄積を招いている可能性が指摘されています。
事業者への影響と対応策
法改正により、軽貨物運送事業者は新たな義務を負うことになります。これらの義務に対応するための具体的な対策を見ていきましょう。
必要となる準備と対応
義務内容 | 具体的な対応策 |
運転日報の作成と保存 | ・電子記録システムの導入検討 ・フォーマットの準備と周知 ・記録・保存の仕組み構築 |
安全管理者の選任と届出 | ・候補者の選定と育成 ・講習受講の計画策定 ・届出手続きの準備 |
事故報告体制の構築 | ・報告手順の明確化 ・報告書類の準備 ・社内連絡体制の整備 |
内部チェック体制の整備 | ・監査項目と頻度の設定 ・監査担当者の選定と教育 ・結果記録と改善体制の構築 |
下請取引の適正化 | ・契約内容の見直し ・管理規定の作成 ・実運送体制管理簿の準備 |
これらの対応には初期投資や運用コストの増加が伴う可能性もありますが、安全性の向上や事故リスクの低減、ひいては事業の持続可能性向上につながる重要な投資と考えるべきでしょう。
ドライバーへの影響と心構え
ドライバーに求められること
- 運転日報の正確な記録:日々の業務内容を漏れなく記録
- 安全運転意識の向上:より一層の安全運転の徹底
- 指導・監督及び適性診断の受診:特に初任者、高齢者、事故惹起者など
一方で、多重下請構造の是正により、より適正な運賃で業務を行える可能性が高まり、労働条件の改善も期待されます。
業界の声と懸念点
法改正に対しては、さまざまな意見や懸念が寄せられています。
主な懸念点
- 中小事業者への負担増:事務作業の増加やコスト増への不安
- ドライバーの時間的負担:日報記録や安全教育受講の時間確保
- 投資コストの回収:安全対策に投資した費用の回収方法
期待される効果
- 安全性の向上:事故減少による社会的評価の向上
- 労働条件の改善:適正運賃による待遇改善
- 業界全体の健全化:不適切な事業者の淘汰と質の向上
今後、法改正に関する説明会や意見交換会を通じて、さらに具体的な意見や懸念が明らかになることが予想されます。
まとめ:安全と効率化への道
2025年4月から施行された軽貨物運送事業法の改正は、安全性向上と業務効率化を図るための重要な施策です。
運転日報の作成義務化、安全管理者の選任、事故報告の義務化、内部チェック体制の整備、そして多重下請構造の是正。これらの施策は、軽貨物運送業界が抱える課題を解決し、より安全で健全な業界へと発展させるための基盤となります。
法改正の背景にある事故増加の現状を踏まえれば、これらの改正は業界全体の安全性を高める上で不可欠な措置と言えるでしょう。
今すぐできる準備と対策
事業者の方へ
- 情報収集を徹底:国土交通省や関係省庁からの最新情報をチェック
- 運転日報システムの検討:自社に合った効率的な記録方法を早期に導入
- 安全管理者候補の育成:選任要件を確認し、適任者の確保・育成に着手
- 事故報告体制の整備:報告対象となる事故範囲と報告手順を明確化
- 内部監査体制の構築:定期的な監査実施のための体制づくり
- 取引適正化の推進:下請け業者との公正な取引関係の構築
ドライバーの方へ
- 運転日報の記録習慣化:記録の目的と方法を理解し、日々の実践を
- 安全教育への積極参加:事業者が実施する安全教育に進んで参加
- 報告の徹底:事故や異常時は速やかに事業者へ報告
今回の法改正は、軽貨物運送業界全体の安全性と健全性を高めるための重要な機会です。全ての関係者が積極的に対応し、より安全で効率的な運送サービスの提供を目指しましょう。
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